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  • 磯前順一: 世界は僕らを待っていた

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2015年1月13日 (火)

20年過ぎたのですね

もうすぐ 20回目の 1.17

連日 あちこちのTV局で  関連の放映が有り  新聞も 特集記事の連載をしたりしている

そんな中  眼にした一般の方の投稿記事



地震の最も酷い地域で被災し  数日を  水も食料もライフラインもないような状態で過ごし

壊れた家  がれきでふさがれた道路  風呂もなく  汚れた衣服のままの人々が歩いている

そういう街で日々を送っていたある日 

用事が出来て  復旧した電車に乗り大阪へ行った

電車の線路沿いの被災している風景を  車窓からながめていたが 

大阪に近づくにつれ  景色が変わっていくことに愕然とする

電車でほんの数十分の大阪の街は  普通にビルが立ち並び 

舗装された滑らかな道路を  沢山の車が走り回り  電車が走り

建物内の照明も普通に点っていて  人々は  きれいな服を着て歩いていた

それは 別の世界に来たような衝撃だった



そんな内容だった(記事そのままではなく 要約しています)

その方の受けた衝撃が  淡々とした事実の列記の中から  ドシンと胸を叩いてくるような文章だった

あの日  我が家も  今にも壊れるかと思うほど揺れた

それまでの人生で体験したこともない揺れだった

その日から半年くらいは  足が地についてないような  不安な気分の日々が続いた

海越しに  神戸の街が燃える幾筋もの煙を  どうすることもできず痛ましく眺めた記憶

手元に有る少しでも役立ちそうな物を  知り合いの数軒分トラックにまとめて送ったりした

電気やガスや水道を節約したりしてみた   普通にしていることが申し訳ないと思ったりした

だけど 

被災の中心にいた方々の  本当の衝撃を体感したわけではなかった


壊れそうに揺れても  壊れはしなかった

ライフラインも普段通りに動いていた  お風呂にも入り  洗濯機も回せる日常だった

普通のことが普通ではないのだと  頭で考えることは出来ても  体感ではない

体感しないでいられるものは  しないでいるに越したことはない

ただ  ほんの数十分の距離を  別の惑星だと感じるほどの衝撃を受けた方がいたのだということを

忘れてはならないと思った


神戸は  もうほとんど  震災の跡形もないほどの街並みを復旧して  美しい街に戻っている

でもきっと  心の中は  体験しなかった時とは  大きく変わったまま  の人が大勢いるかもしれない

1.17で  3.11で    心に  想像もできない衝撃を受けた多くの方々がいらっしゃることを

読んだ者は  感じ取らなくてはいけない   読んだ者は  忘れないでいなくてはいけない

と  私の胸に  あらためて言い聞かせてくれるような  記事だった

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